モデルケース「任意後見契約の活用」

モデルケース「任意後見契約の活用」

1.「任意後見契約の活用」のためのモデルケース

(1)任意後見契約とは

任意後見契約とは、ご自身が認知症等により「法的な判断能力が不十分となった場合」に備えるための契約です。

サポーター候補者(任意後見受任者)と事前に契約を締結し、ご自身が「法的な判断能力が不十分となった場合」における、サポートの範囲やサポートに要する費用などを決めておくのです。

これから「任意後見」について確認していく前に、簡単に知っておきたいのが「法定後見」についてです。

法定後見も、法的な判断能力が十分でない方の生活を「後見人」と呼ばれる人が法的な権限を利用してサポートする仕組みですが、任意後見と異なる点として、つぎのポイントを知っておく必要があります。

  • 法定後見におけるサポーター(後見人等)やサポート範囲(後見人等の権限)は、家庭裁判所の判断により決定される。
  • 法定後見におけるサポーターの報酬は、家庭裁判所により決定される。
  • 法定後見は、サポートを受けるご本人の法的判断能力が低下した後でないと利用することはできない(事前に準備しておくことはできない)。

より詳しい相違について
【参照記事:任意後見と法定後見について】

それでは、具体的に、任意後見契約をどういった事例で活用するのか、利用にあたりどのような手続きが必要となり、また費用がどれくらいかかるのか、まずはモデルケースを確認していきましょう。

(2)モデルケース

沼津市に在住のAさん(80才。一人暮らし。)。

夫とは10年以上前に死別し、子どもはいません。

夫を亡くした後は、一人で生活してきましたが、近所に住む姪っ子(Aさんの兄の子)Bさんが、何かと面倒をみてくれるので非常に助かっています。

とはいえ、年齢を重ねる中で心配になってきたのが、自身が認知症になってしまった場合への備えです。

例えば、将来的には老人ホームに入居することになるかもしれませんが、その場合には今住んでいる自宅を売却して施設利用料にあてなければお金が足りません。

もし万が一、自分が認知症になって一人暮らしができなくなってしまった場合への備えをしておく必要があるとAさんは思っていたのです。

2.課題の整理(任意後見のポイント)

(1)Aさんが解決したい課題

Aさんとしては、基本的には今いる自宅での生活を続けていきたいけれど、たとえば認知症等により一人暮らしが難しくなってきた場合には、老人ホームなどへの入所を進めていく必要があると認識しています。

その場合には、施設利用料を工面するために、自宅の売却が必要となるのですが、認知症等により自分自身では不動産売買契約を締結できない状態になってしまうと、非常に困ったことになります。
最悪の場合、費用の工面ができず、老人ホームへの入所も困難となるかもしれません。

Aさんが解決したい課題は、まとめると、つぎのようなものです。

  • 将来認知症になった場合に、老人ホームへの入居するための手続きをどうするか?
  • 将来認知症になった場合に、自宅売却のための手続きをどうするか?

(2)任意後見契約の活用

以上のような課題について、Aさんは、沼津市の司法書士貝原事務所に相談してみました。

相談の中で、いくつか活用可能な制度があることを知りましたが、とくに魅力を感じたのは「任意後見契約」でした。

Aさんが任意後見契約に魅力を感じたのは次のような点です。

  • 事前に自らサポーター(任意後見人)を選定することができる。
  • 法的なサポートが必要な状態になるまでは契約の効力が発動しない。
  • 家庭裁判所や任意後見監督人の監督やサポートを受けることができる。

(3)任意後見契約の締結

Aさんが任意後見受任者(将来的に任意後見人としてサポートしてくれる人)として希望したのは、もちろんBさんです。

AさんとBさんは、一緒に司法書士事務所を訪れ、任意後見契約に関する説明を聞きました。
Bさんも任意後見契約の仕組みを理解したうえで、AさんとBさんは任意後見契約を締結することにしました。

任意後見契約の締結にあたっては、つぎのことがらを決めておく必要があります。

  • 任意後見受任者
    「将来的に任意後見人としてサポートしてくれる人」を自ら選択し、契約します。
  • 代理権の範囲
    「任意後見人の権限の範囲」=「サポートを受ける範囲」を選択し、契約内容に反映させます。
    Aさんのケースでは、介護施設等との入所契約や、所有する不動産の売却に関する代理権などを設定します。
    任意後見契約を締結する時点で、将来どのような代理権をBさんにあたえることが、Aさんにとってメリットがあるのかを慎重に検討していく必要があります。
  • 任意後見人の報酬
    無報酬とすることも可能ですが、任意後見人に報酬を与えたい場合には、あらかじめ報酬に関する規定を定めておく必要があります。
    親族が任意後見人となるケースのおいても、親族だからといって必ずしも無報酬にする必要はありません。
    期待する事務内容によっては報酬を定めておくことも検討すべきでしょう。

3.任意後見契約の発動

(1)任意後見契約が発動する条件(家庭裁判所への申立て)

任意後見契約は「法的な判断能力が低下した場合に備えるための契約」です。

そのため、契約を締結すると、すぐに任意後見人に代理権が与えられるわけではありません。

任意後見契約の発動には、つぎのような条件を満たす必要があるのです。

  • ご本人の判断能力の低下
    医師の診断書にもとづき、家庭裁判所が判断する。
  • 家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てること
    その申立てにより任意後見監督人が選任されることで「任意後見契約が発動」=「任意後見人が活動を開始する」ことになります。

(2)任意後見契約の発動(任意後見監督人の選任後)

AさんとBさんが任意後見契約を締結してから数年が経ったある日、Aさんは脳出血で入院することになりました。
脳出血の影響で身体障害および高次脳機能障害があらわれ、自宅での生活はかなり困難なものとなりました。

やむを得ず、退院後は老人ホームに入居することとなりましたが、退院に先立ち、Bさんは家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てました。

申立てに基づき、家庭裁判所は司法書士のCを任意後見監督人に選任しました。

予期していたものではありませんが、Aさんの法的判断能力の低下を受け、Bさんは任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申立てることになりました。

そして任意後見監督人が選任され、そこからBさんは任意後見人としての活動を開始することになります。

4.任意後見契約に必要な費用

(1)任意後見契約の締結にあたって必要な費用

任意後見契約の締結に際して必要な費用はつぎのとおりです。

  • 公正証書作成のための費用 おおよそ3万円
    任意後見契約は、公正証書とすることが法律で求められています。そのため公正証書作成のための費用がかかります。
    また、任意後見契約は、締結と同時にその内容が登記されます。そのため登記のための費用が必要となります。
  • 公正証書作成サポートの費用
    任意後見契約の締結は、当事者だけで進めることも可能です。
    しかしながら、つぎのような事項を検討するためにも、任意後見契約に詳しい法的専門職(司法書士や弁護士)を活用することをおすすめします。
    • 任意後見契約の内容の理解
    • 他の制度(たとえば法定後見や家族信託)との比較
    • 任意後見人に求められること

当事務所での任意後見契約の締結サポート費用は、事案の内容にもよりますが10~15万円くらいが平均的な金額となっています。

(2)任意後見契約の発動後に必要な費用

任意後見契約の発動後に必要な費用はつぎのとおりです。

  • 任意後見監督人の選任申立て おおよそ1万円
    記載した費用は、申立人が裁判所の納める手数料です。
    事案によっては、家庭裁判所からの指示により「鑑定」という手続がおこなわれることもあり、この場合には10万円程度の鑑定費用がかかることもあります。
    また、任意後見監督人の選任申立てについて、司法書士による申立てサポートを利用した場合には、別途司法書士に対する報酬が必要となってきます。
  • 任意後見監督人の報酬
    任意後見監督人の報酬は、家庭裁判所により金額が決定されます。
    報酬は、ご本人の財産からのみ支出されます。
    それぞれの事案によって、与えられる報酬額は変動してきますし、最終的には担当する裁判官の裁量によるところなので、事前に金額を確認することはできません。
    いちおうの目安としては、たとえば管理財産が2000万円くらいだと月額5000円から2万円くらいの範囲で決定される傾向があるようです。
  • 任意後見人の報酬
    任意後見人の報酬は、任意後見契約に基づいて決定されます。契約締結の際に、ご本人の財産状況、想定される任意後見事務を考慮しながら、慎重に考えていく必要があります。
    とりわけ、任意後見契約においては、任意後見監督人の報酬負担も発生するため、法定後見に比べてご本人の財産的負担が大きくなる傾向にある点に注意すべきです。

(3)費用面から見る任意後見契約のポイント

任意後見契約においては、契約の効力が発動すると、任意後見人と任意後見監督人という2人の人間が、ご本人のサポートのために活動することになります。

法定後見の場合には、かならずしも「監督人」と言われる人が選任されるわけではないので、この点が大きな違いです。

そのため、任意後見契約においては、とくに任意後見人を専門職(司法書士や弁護士)に依頼する場合には、任意後見監督人の報酬と任意後見人の報酬のダブルの負担が発生することになります。

こうした「ダブルでの報酬負担」がご本人の財産的な負担となり、ご本人の生活基盤を取り崩してしまうことが無いように、契約締結の段階では慎重な検討が求められます。

5.任意後見契約のメリット

(1)モデルケースにおいて

司法書士Cが任意後見監督人として選任されたのち、Bさんは任意後見人としての活動を開始しました。

まず行ったのは、Aさんの財産状況と収支予定の把握です。

そのうえで、まずはAさんが入所する施設の選定と入所契約を、Aさんの代理人として行いました。
これまでずっとAさんに寄り添っていたBさんだからこそ、Aさんの希望や嗜好を理解したうえで、Aさん好みの老人ホームを見つけることができました。

老人ホームへの入所からしばらくして、Aさんの生活が落ち着いたころに、いよいよBさんはAさん宅の売却手続きに着手しました。
Aさんが住み慣れた家を売却するのは、Bさんにとっても忍びないものでしたが、事前にAさんの希望(必要があれば自宅の売却を速やかに進めること)を聞いていましたので、Aさんの希望に沿う形でBさんは不動産売却手続きを進めることとしました。

不動産売却も無事に完了して、金銭的にも安心して老人ホームでの生活を送っていく目途が立ちました。

不動産売却後も、Bさんの任意後見人としての活動が続くことになりますが、これまで同様、Aさんを見守り続けるとともに、任意後見人として法的な権限を活かしてBさんの生活をサポートしていこうと決意を新たにしています。

(2)任意後見契約のメリット

あらためて任意後見契約のメリットを整理すると、つぎの点をあげることができます。

  • 自ら選定したサポーターであること
    法定後見とは異なり、自らを法的にサポートしてくれる人を、自分自身で選択することができます。
  • 代理権の範囲を自ら決定できること
    法定後見とは異なり、サポーターの権限を、自ら決定することができます。
    とはいえ、逆に言うと、自身のライフプランを丁寧に考えながら、将来の時点で受けたいサポートを具体的にイメージしたうえで権限の範囲を決めていかないといけないということでもあります。
  • 事前に自身の意図を伝える機会があること
    法定後見の場合には、サポーターは、ご本人の法的判断能力が低下した後に、家庭裁判所により選任されることになります。
    その時点では、もしかするとご本人の希望や嗜好を、新たに選任された後見人等に伝えることが難しい状況になっているかもしれません。
    一方で、任意後見の場合には、任意後見契約を締結する段階で、将来のおけるご自身の希望や嗜好を、あらかじめ任意後見受任者に直接伝えることができるのです。

(3)任意後見契約の注意点

任意後見契約は、「事前に」「自らの判断で」サポーターとサポート範囲を決定できる点が優れています。

一方で、自ら決めるという点で、つぎの事柄には注意する必要があります。

〇適切な受任者がいるか

任意後見人は、ご本人の法的判断能力が低下した状況において、ご本人のために、法的な権限を駆使してご本人の生活をサポートしていくことになります。

そして任意後見人は、たとえばご本人の不動産売却や定期預金の解約など、非常に強力な権限を持つことになるのです。

くわえて任意後見人は、任意後見という法律で定められた枠組みの中でルールを守って活動をする必要があります(そして任意後見人の活動は、任意後見監督人や家庭裁判所によりチェックされることにもなります。)。

したがって、任意後見人として「強力な法的権限をご本人のために適切に行使していくこと」「法的なルールに沿った活動ができること」が重要となり、そうした責任を果たせるような人と契約を締結する必要があります。

とりわけ、ご親族に任意後見人を依頼する際には、任意後見人としての責務・業務について、よく理解していただく必要があります。

〇場合によってはダブルでの費用負担

くりかえしとなりますが、任意後見契約が発動した際には、任意後見監督人の報酬と任意後見人の報酬のダブルの負担が発生する可能性があります。
任意後見人の報酬は、あらかじめ契約で定める事項なので調整が可能ですが、監督人の報酬は家庭裁判所が決定する事項となります。

〇任意後見契約以外の契約が必要な場合も

任意後見契約は「将来、法的な判断能力が低下した場合に備える契約」です。

とりわけ一人暮らしの方のケースだと、つぎのようなニーズがあります。

  • 身体能力の低下に備えて、財産管理のサポートを受けたい。
  • 適切な時期に「任意後見契約」が発動できるように定期的な見守りが必要
  • ご本人が亡くなった後の葬儀や埋葬についても第三者に託したい
  • ご本人が亡くなった後の相続について遺言を残しておきたい

詳しい内容は、つぎの項目でご紹介します。

ちなみにAさんのケースでは・・

Aさんの身近でBさんのサポートを受けることができたので、「身体能力の低下により日常生活のサポートを受けるための契約」は不要でした。

Aさんの葬儀や埋葬についても、BさんはAさんの親族であり相続人であったため、こちらも対応に不安はありませんでした。
ただし、事前にAさんの希望する葬儀方式や埋葬については確認を行っており、その意思に従って、Bさんが手続きを進めていく予定です。

最期に遺言についてです。
この点については、AさんもBさんも必要性を感じていました。
Aさんの推定相続人は、Bさんのほかに、甥や姪にあたる人が4人いたのですが、いずれも疎遠でありBさんほどの身近さはありませんでした。
Aさんとしても、基本的には遺産はBさんに引き継いでほしいという希望があり、その趣旨の公正証書遺言を遺すことを検討しています。

6.任意後見契約以外の備えが必要なケース

(1)任意後見契約以外の契約が必要な理由

任意後見契約は、「ご本人の法的判断能力が低下した後」から「ご本人が亡くなるまで」のあいだ効力を発揮するものです。

そのため、場合によってはスキマをうめるための任意後見契約以外の対応が必要となることがあります。

考えるべき「スキマ」とはつぎのようなものです。

  • ご本人の法的判断能力が低下する前においても生活の「見守り」が必要な場合
  • ご本人の法的判断能力が低下する前に身体能力が低下した場合への備え
  • ご本人が亡くなったあと直ぐに対応が必要な葬儀・埋葬(死後事務)
  • ご本人が亡くなったあとの遺産整理・相続

そして、こうしたスキマに対応する契約・制度として、つぎのようなものがあります。

  • 見守り契約
  • 任意の財産管理契約
  • 死後事務委任契約
  • 遺言

それぞれの契約・制度の内容については、別記事のリンクを下記に貼っていますので、そちらをご参照ください。

(2)見守り契約

見守り契約とは、ご本人と受託者との間で、定期または不定期での往訪・面談を行うことを基本的内容とします。
往訪あるいは面談によって、ご本人の健康状態や生活状況を確認することを主眼としています。

詳細は、つぎの記事をご覧ください。

【参考記事:終活としての「見守り契約」】

(3)任意の財産管理契約

財産管理契約とは、ご本人の判断能力に問題がない状況において、預貯金の入出金や記帳、小口現金による生活費の支払いなどを、ご本人の委託を受けて第三者が代理して行うものです。

判断能力は十分にあって後見制度によるサポート対象にはならないけれど、身体能力の低下等の原因により、財産管理面の負担を第三者に肩代わりしてほしいというニーズに対応します。

詳細は、つぎの記事をご覧ください。

【参考記事:終活としての「財産管理契約」】

(4)死後事務委任契約

死後事務委任契約とは、ご本人の死亡後において、葬儀・火葬・納骨などの「死後の事務」を第三者に委託する契約です。

「死後の事務」といっても、その内容は様々で、前述のような葬儀・埋葬に係る事務から、入居していた老人ホーム等の費用清算・退去手続きといった清算事務も対象とすることができます。

詳細は、つぎの記事をご覧ください。

【参考記事:終活としての「死後事務委任契約」】

(5)遺言

遺言は様々な役割を持つものですが、重要をあげるとするのならば、つぎの2点です。

  • 遺産承継者の指定(相続人以外の人に遺産を承継させることができる)
  • 遺産の承継方法の指定(遺産分割協議を省略させることができる)

詳細は、つぎの記事をご覧ください。

【参考記事:終活としての「遺言」】