モデルケース「不動産売却のための成年後見制度(法定後見)の活用」

モデルケース「不動産売却のための成年後見制度(法定後見)の活用」

1.成年後見制度(法定後見)の活用

(1)成年後見制度(法定後見)とは

成年後見制度とは、認知症等により法的な判断能力が不十分である方のためにサポーターを選任する制度です。サポーターとなる人を「成年後見人」などと呼びます。

成年後見制度のうち、判断能力の低下によって、現に法的サポートが必要な方に対して家庭裁判所がサポーターを選任する制度を「法定後見」といいます。

法定後見には、ご本人(サポートを受ける人)の判断能力の程度により、後見・保佐・補助とわかれますが、この記事では「後見」類型の利用を前提に説明を進めていきます。

【参考記事:法定後見の3類型について】

(2)モデルケース

Aさん(72才)は、三島市のご自宅で一人暮らし。

ご主人を3年前に亡くし、子ども2人は、いずれも首都圏で生活しています。

長男Bさんは千葉県で、長女Cさんは神奈川県で、それぞれ持家をもって生活しています。

数年前からAさんに認知症の症状が見え始め、徐々に一人暮らしが難しくなってきました。

最近では、失火騒ぎを起こしてしまい、家族会議の結果、Aさんは三島市の有料老人ホームに入居することになりました。

無事に入居ができて一安心といったところなのですが、ここで問題が発生します。

それは、施設利用料と自宅の管理費用の問題です。

Aさんの年金収入は遺族年金などにより月15万円ほどあります。
一方で、施設利用料は、もろもろを含め月20万円ほど。

毎月5万円の赤字になる上に、これまで住んでいた自宅の管理費も負担しなければなりません。

預貯金は600万円ほどありますが、毎月の負担を考えると、自宅を売却して手許現金を増やし、また余計な支出を削減したいと長男Bさんは考えました。

2.不動産売却を目的とした後見制度の利用
(法定後見活用のポイント)

(1)解決すべき課題を整理する

モデルケースでは、つぎのような課題がありました。

  • Aさんの生活収支は赤字で、預貯金にもそれほど余裕があるわけではない。
  • それまでAさんが住んでいた自宅は空き家となるが、固定資産税もかかるし、管理のための手間暇も問題に。

そう考えると、自宅を売却するという解決策がうかぶのですが、ここで問題が生じます。

それはAさん自身が、認知症のために法的判断能力が低下し、お一人では不動産売買を行うことができないという点です。

不動産売買を行うにあたっては、売主(所有者)と買主が、売買価格などの売買条件を交渉し、合意していく必要があります。

法的な判断能力が低下している場合には、そうした交渉・合意ができないため、不動産売却を成立させることができないのです。

「それならば、子どもが代理して契約すれば良いのでは?」という指摘があるかもしれません。
しかしながら、「代理」するためには、ご本人(この場合にはAさん)から法的な意味での代理権を与えられる必要があります。
そして「代理権を与える」という行為にも、法的な判断能力が必要となります。
また、子供であるからといって当然に代理権をもっているわけではありませんから、親の財産を勝手に処分することはできないのです。

(2)法定後見の活用

そこで法定後見の利用を考えることになります。
法定後見は、関係者からの申立てに基づいて、家庭裁判所がAさんの代理人を選任する仕組みです。

選任された代理人を成年後見人といいます。

成年後見人は、法律に基づいてAさんの財産管理権を与えられているため、この権限に基づいてAさんの不動産を売却することができるのです。

長男Bさんは、Aさんの不動産を売却しようと、三島市の不動産屋を訪れました。

事情を説明すると不動産屋から「成年後見制度の利用が必要ではないか。」との話が。

「成年後見制度」というのは、なんとなく聞いたことがあるけれど、正直よくわからない・・・。

そこで沼津市の司法書士貝原事務所を紹介され、成年後見制度の利用について話を聞くことになりました。

(3)法定後見の申立てにあたって

今回のケースでは、不動産売却を進めるために成年後見制度の利用を検討することとなりました。

しかしながら、成年後見制度は「法的な判断能力が不十分な方の不動産を売却するための制度」ではありません。
成年後見制度は、法的な判断能力が不十分な方を法的にサポートするための制度であるため、つぎの点に留意が必要です。

  • 成年後見人は、不動産売却のみならず、広くAさんの生活をサポートするための法的な権限と義務を負う
  • そのため、不動産売却が完了した後も、成年後見人はAさんのためのサポートを続けることになる。
    そのため、売却が完了したからといって後見制度の利用を中止できるわけではない。
  • 不動産の売却についても、成年後見人は「Aさんのために必要であるかどうか」「Aさんにとって不利益をもたらすものではないか」を検討したうえで手続きを進めることになる。
    成年後見人だからといって、Aさんの不動産を自由に売却できるわけではない。

長男Bさんは沼津市の司法書士貝原事務所を訪れました。

司法書士から成年後見制度一般に関する説明と、上記3点の留意点のほか、成年後見制度を利用するための手続き・費用について説明を受けました。

その日は結論をだすことはせず、長男Bさんは、あらためて長女Cさんと話をしました。

慎重に検討したうえで、長男Bさんは後見制度を利用することとし、さっそく申立ての準備を進めることになりました。

3.成年後見の申立てから不動産売却まで

長男Bさんは、あらためて司法書士事務所を尋ね、後見開始申立てのための書類作成を依頼しました。

また、後見開始申立てにあたっては、つぎの理由から、後見人の選定は家庭裁判所の判断に一任することとしました。

① 子ども2人はいずれも遠方に住んでいて、後見人としての定期的な活動をすることが難しい。

② 不動産売却など複雑な財産管理が予定されており、専門家に依頼したほうが適切に進むと考えたから。

司法書士による申立てサポートを受けていたので、申立て手続きはスムーズに進み、申立てから1カ月ほどで司法書士Dが成年後見人に選任されました。

(1)法定後見の申立て

法定後見を利用する際には「後見開始申立て」を家庭裁判所におこなう必要があります。

そして、この法定後見の申立てに際しては、申立書のほか、収支予定表や財産目録、そしてそれらの書面の裏付けとなる預貯金通帳等の資料を提出する必要があります。

くわしくは次の記事をご参照ください。

【参照記事:成年後見人選任の申立てについて】

必要書類の一覧や書式は家庭裁判所のHPで公開されています。
そのため、それらを参考として申立書類を作成していけば、一般の方でも申立て続きを進めることが可能です。

一方で、つぎのような場合には、司法書士による申立てサポートを利用することをオススメします。

  • 家庭裁判所のHPを見ても、どういった書類が必要なのか、申立書に何を書けばよいのか、わからない。
  • 親族を後見人等候補者にすることを予定している。
    【参考記事:親族が後見人となることについて】
  • 後見人の選任は家庭裁判所に一任するつもりであるし、申立て手続きについても、書類作成についても誰かに任せたい。

(2)成年後見人の候補者と家庭裁判所による選任

後見開始申立てに際しては、申立書の中に「後見人の候補者」を記載することができます。

ご本人の親族(モデルケースでいえば長男Bさんや長女Cさん)が後見人となることを希望する場合には、かならず候補者欄にその氏名を記載する必要があります。

なお、後見人の選任は家庭裁判所の専権事項であるため、たとえ候補者欄に誰かの名前を書いていたとしても、その人をかならず後見人に選任しなければならないわけではありません。

候補者欄が空欄であれば、申立てを受けた家庭裁判所が、家庭裁判所が備える候補者リストに沿って選定することになります。

(3)成年後見人による不動産の売却

家庭裁判所による選任を受けた後見人は、まずは選任時点でのご本人(Aさん)の状況を調査し、家庭裁判所に報告します。

その報告を終えて、後見人は活動を開始することになります。

後見人として選任を受けた司法書士Cは、まずはAさんの現状を調査し、収支・財産等について家庭裁判所への報告をしました。

並行して、不動産売却の必要性についても確認を行います。
Aさんのケースでは、長男Bさんが当初から考えていたように、不動産売却の必要性が認められる状況でした。

そこで司法書士Cは、いくつかの不動産屋に売却の仲介を依頼します。
仲介にあたっては、Aさんの自宅の適正な価値を確認し、その値段で売却先を探してもらうことに。

数か月後、適正価格での購入希望者が見つかりました。

司法書士Cは、売買契約の諸条件を調整したうえで、家庭裁判所に「居住用不動産の処分」に関する許可の申立てを行いました。

(4)「居住用不動産の処分」に該当する場合

成年後見人はご本人(Aさん)の財産について、広範な代理権をもつことになります(その代理権は、当然Aさんのために活用されるべきものです)。

「広範な代理権」というものの、後見人の代理権については、法律上いくつかの制限がもうけられています。

たとえば次のようなケースです。

  • ご本人の居住用不動産の処分に該当するケースでは家庭裁判所の許可が必要
  • 成年後見人のほかに後見監督人が選任されているケースでは、後見監督人の同意が必要。
  • ご本人と成年後見人の利益が相反する場合には「特別代理人」といわれる人を重ねて家庭裁判所に選任してもらう必要(たとえばご本人と成年後見人がともに相続人となっているケース)

今回のAさんの自宅売却のケースは、まさに「居住用不動産の処分」に該当するので、成年後見人である司法書士Cは、売却にあたり家庭裁判所の許可を得る必要があるのです。

なお、「居住用不動産でない不動産(非居住用不動産)」の場合には、家庭裁判所の許可が不要ですが、非居住用不動産であるからといって後見人が好き勝手に売却できるわけではありません。

まずもって「ご本人にとって売却が必要」であることが求められますし、また売却内容についても本人にとって不利益でないことは当然です。

【参考記事:成年後見人による居住用不動産の売却について】

【参考記事:成年後見人による非居住用不動産の売却について】

4.法定後見の利用に必要な費用

(1)法定後見の利用開始にあたって必要な費用

法定後見の利用開始(後見開始申立て)にあたって必要なのは、つぎのようなものです。

  • 裁判所に納める収入印紙等
    だいたい1万円くらい
  • 添付書類として必要な医師の診断書
    だいたい5000円~1万円くらい(病院によって違いがある)
  • 申立書作成について司法書士のサポートを受けた場合
    書類作成について司法書士のサポートを受ける場合には、司法書士によりますが、平均して10万~15万円くらいの報酬を支払う必要があります。
    もちろん申立人自身で手続きを進めることも可能で、その場合には司法書士への報酬は発生しません。
    【参照記事:後見等開始申立書作成サポートの報酬モデルケース(成年後見等)】

(2)法定後見の利用中に必要な費用

専門職(司法書士や弁護士など)などの第三者が後見人に就任した場合には、その後見人に対する報酬が発生するのが通常です。
後見人の報酬には、つぎのような特徴があります。

  • 金額を決定するのは家庭裁判所である。
  • 報酬を負担するのはご本人の財産のみである(親族が負担する必要はない)

家庭裁判所が具体的な事案に応じて決定することなので「このケースだと〇〇円かかります」とはいえないのですが、次の記事もご参照ください。

【参照記事:専門職後見人の報酬について】

また、親族が後見にとなるケースでは無報酬(報酬ゼロ)で活動することが多いようですが、家庭裁判所に報酬請求をすることも可能です。

(3)費用面から見る法定後見の利用における注意点

専門職(司法書士や弁護士など)などの第三者が後見人に就任した場合には、後見人に対する報酬が発生します。
そして、この報酬発生は、後見制度の利用を終了するまで(原則的にはご本人が亡くなるまで)継続することになります。

不動産売却のような特定の目的をもって後見制度の利用を開始した場合であっても、その目的達成後も後見制度の利用は続きます。

そして後見人に対する報酬が、ご本人の財産的な負担となるケースもあります。

5.成年後見活用のメリット・デメリット

(1)法定後見のメリット・デメリット

あらためて、後見活用のメリット・デメリットを振り返ってみましょう。

(メリット)

  • 法律に基づく代理権を利用してAさんをサポート。
  • 不動産売却という目的を達成できる(注:ご本人にとっての売却の必要性・相当性)

(デメリット)

  • 不動産売却後も後見制度の利用は継続
  • 親族後見人の場合には、家庭裁判所への報告など、後見人としての職務が負担となることも。
  • 第三者後見人の場合には、後見人への報酬が、ご本人にとって財産的な負担となる。

とはいえ、注意していただきたいのは、具体的な事案によっては、メリットがデメリットになり、逆となることもあります。

いずれにせよ、制度利用の是非については、そもそも後見制度がどういったものであるかも含めて法律専門職へ相談しながら検討することを強くお薦めします。

(2)モデルケースにおいて

後見人に選任された司法書士Cは、適切に不動産売却手続きを進め、無事に不動産売却は完了しました。

固定資産税等の負担がなくなり、手許現金が増加したことで、Aさんの金銭面での不安も少なくなります。
また後見人に選任された司法書士Cは、不動産の売却の終了後も、Aさんの生活収支の改善や、散逸した財産の整理に取り組んでいくことになります。

(それから数年後)

司法書士Cが選任されてから数年が経過したころ、家庭裁判所の許可を得て、司法書士Cから長女Cさんに成年後見人を交代することとしました。

① Aさんの生活が落ち着き、成年後見人としての職務は、日々の見守りが中心となった。そのため親族後見人でも負担なく職務を行うことができる状況になった。

② 子育ても一段落して、長女Cさんに時間的な余裕ができたこと。また後見制度に関する勉強をして、是非ともやってみたいと思ったため。

成年後見人となった長女Cさんは、法的な権限をもって母親Aさんの生活をサポートしていくこととなります。

成年後見人の選任・交代は家庭裁判所の専権事項であるため、最初から計画してモデルケースのような交代を想定することはできません。
しかしながら、最近ではこうした流れで「専門職から親族にバトンタッチする」ということも多々あります。

6.事前の備えとしての任意後見契約

今回のモデルケースは、ご本人(Aさん)の法的な判断能力が低下してしまった後で、不動産売却を進める方法として「法定後見」の利用を検討したものでした。

成年後見制度には、法定後見のほかに「任意後見」という制度があります。

任意後見は、つぎのような特徴を持っています。

  • みずから将来サポーターとなる人(任意後見受任者)を選び、法的な判断能力の低下に備えるもの
  • サポートの範囲(代理権の範囲)は、自ら決めておく。
  • 任意後見人の報酬は、あらかじめ契約によって決めておく。
  • 任意後見人の職務は、家庭裁判所及び家庭裁判所が選任する任意後見監督人のチェックを受ける。

Aさんは、認知症等により、自身の法的判断能力が低下した場合に備えて、任意後見契約を締結することにしました。

任意後見契約の相手方、すなわち将来のサポーター(任意後見受任者)には、長男Bさんを指定しました。

サポートの範囲には、自宅の売却も含めており、施設入所の際には入所費用捻出のため自宅を売却して現金にかえるよう生前指示書も作成しています。

任意後見契約の活用については、次の記事もご参照ください。

【参照記事:モデルケース「任意後見契約の活用」】