農地と遺言について

農地と遺言について

2021年5月31日

1.農地法の制限と相続

農地の権利移転については、「農地法」という法律によって厳しい制限が課されています。

農地法により制限されるのは、当事者の意思に基づく権利移転であり、代表的なものとしては「売買」「賃貸借」といったものが該当します。

一方で、相続(相続人への権利移転)については、人の亡くなることによって当然発生するものであるため、農地法の制限の対象外とされています。

そのため、農地の権利移転に際しては「相続」を上手く使うのが非常に効果的なのです。

農地の権利制限については、つぎの記事をご参照ください。
【参照記事:農地法について】

2.相続が発生すると農地はどうなる?

(1)相続人が複数いる場合には遺産分割協議が必要

農地を所有していた方が死亡し相続が発生した場合、農地の所有権は相続人に引継がれます。

相続人が複数いる場合には、いったん相続による共有状態となり、最終的な承継者を決定するためには遺産分割協議が必要となります。
遺産分割協議とは、相続人全員による話し合いで、遺産の承継者を決定するものです。

「相続人全員による合意」が必要となるため、何かしらの事情によって話合いができないケース、相続人間の争いのため合意ができないケースにおいては、相続による共有状態が続き、身動きが取れない状態になる可能性があります。

たとえば、つぎのようなケースでは、農業経営に問題が生じる可能性があります。

モデルケース

三島市の農家のAさん。

たくさんの農地を経営していますが、農地経営はAさん(父)、Bさん(母)、Cさん(二男)の3人が主に行っています。

Aさん・Bさん夫婦には、Cさんのほかに、Dさん(長男)・Eさん(長女)がいますが、
Dさんは東京、Eさんは横浜で生活しており、農地経営には関与していません。

Aさんが亡くなったときには、Aさん名義の農地のほか、農業用施設・農機具が相続の対象となります。
また、金融機関からの借入もおこなっており、債務の相続も課題となります。

一方で、Dさん・Eさんは農業経営に関与していないためか、プラスの財産を均等に分けることを希望しており、Bさん・Cさんとは少し意見が異なるようです・・・。

(2)遺言を作成して遺産分割協議を回避する。

とりわけ農地については、耕作を継続することが非常に重要であり、遺産分割がまとまらない状態は避けたいでしょう。
また、農家にあっては、農地以外にも農業用設備や農機具も遺産の対象となる事が考えられ、これらは農地と一体となって特定の相続人に承継されることが望まれます

相続人同士の話し合いが上手くまとまればよいのですが、必ずしもそうとはいえません。
とくに農家を経験している相続人と、非農家の相続人が混在する場合には、農業経営に対する理解度や考え方の違いから、認識の差異が生まれやすくなります。

そのため、農家の相続においては「相続人同士の遺産分割を回避する」ために遺言の作成が効果的と考えられます。

3.相続人への遺言

(1)遺言によって特定の相続人に農地を承継させる場合

たとえば長男・長女・次男と3人の相続人がいて、このうち次男に農業経営を引継がせたい場合には、こういった遺言が考えられます。

モデルケース

(さきほどのモデルケースの続き)

そこでAさんは、概要、つぎのような遺言を作成することにしました。

「農地・農業用設備・農機具は二男Cに相続させる。」

「自宅敷地・自宅は、妻Bに相続させる。」

「その他の土地は長男Dに相続させる。」

「預貯金は長女Eが相続させる。」

※実際の遺言は、法律の要件や明確性に留意して記載する必要があります。

このような内容の遺言を残しておけば、農地等については遺産分割協議を経ることなく、次男が承継することができます(実際の遺言にあっては、農地の特定等、より緻密な言葉を使うことになります。)。

相続人が子供の場合には「遺留分」というものが保障されているので、相続争いの全てを遺言によって防止できるわけではありませんが、少なくとも農業経営を次男に承継させるという目的は達成できるのです。

(2)農地法や相続登記との関係

相続人への遺言や遺産分割による権利移転についても農地法の許可は不要です。
したがって、上記のケースであれば、遺言書といくつかの資料を用意すれば、次男だけで相続による名義変更(相続登記)を行うことができます。

遺産分割によって名義変更を行う際にも、遺産分割協議書や相続人の印鑑証明書など一般的な相続登記に必要な書類を用意すれば、農地法の許可書を添付することなく手続きが可能です。

4.相続人以外への遺言は注意(農地法の許可との関係)

(1)相続人以外に農地を引継がせたいケース

相続人への権利移転は農地法の規制の対象外でしたが、相続人以外への権利移転は「相続(人の死)」を起点にするものであっても農地法の許可が必要となってきます。

たとえば次のようなケースです。

  • 子供が相続人であるけれど、子は非農家であるため、自分の死後は、農家である相続人でない弟に農地を譲りたい。
  • 非農家の子供が相続人であるが、孫が農家となることを希望し自分と一緒に耕作をしている。だから、自分の死後は、相続人でない孫に農地を譲りたい。

こうしたケースでは、すくなくとも遺言なしで「弟」や「孫」に権利は移転しません。
したがい、遺言によって弟や孫に農地を「遺贈する」との遺言を残す必要があります。

ところが、遺言だけでは遺贈による所有権移転登記(名義変更)を行うことができません。

遺贈による所有権移転登記(名義変更)にあたっては、遺言書等にくわえて「農地法の許可書」を添付しなければなりません。
【参照記事:農地法の許可について】

(2)例外:包括遺贈の場合

相続人以外への農地の遺贈にあたっては、農地法の許可が必要となるのが原則です。
ただし、これにも例外があり、相続人以外の者へ「包括遺贈」された場合には農地法の許可は不要であるとされています。

包括遺贈とは、「私の全財産をA(非相続人)に遺贈する」というように、承継させる財産を特定せず、割合的に財産を遺贈させる者を指します。
(反対に、承継させる財産を特定して遺贈することを「特定遺贈」といいます。)

包括遺贈を受けた方は、民法上、相続人と同様に取り扱われるため、農地法についても相続人同様の扱いを受けるのです。

ただし、「私の全財産をA(非相続人)とB(相続人)に、各2分の1の割合で遺贈する」というのも包括遺贈なのですが、この場合にはAとBとで遺産分割協議をおこなって遺産の承継先を決定する必要があります。
遺言者の希望通りに、農地等をAに承継させる内容で遺産分割協議が成立すればよいのですが、そうはならない可能性もある点には注意が必要です。

また、包括遺贈の場合には、被相続人の債務(借金)もセットで引き継がれることになります。

このように「包括遺贈」と「特定遺贈」では大きな違いがあるため、農地法の許可のことだけを考えて、安易に「包括遺贈」を選択するのは非常に危険です。

5.まとめ

農地の権利移転に際しては「相続」を上手く使うのが非常に効果的なのです。

さらに「遺言」を活用すれば、希望する人に円滑に農地・農業用設備・農機具などを相続させることができます。

ただし、遺言の形式にも注意が必要ですし、農地を含む場合には、作成した遺言が農地法とどのような関係に立つのか、相続登記を完了させることができるのか配慮する必要があります。

そうした意味では、遺言作成にあたって法律専門職(とりわけ相続登記の専門家である司法書士)の関与は、必要不可欠だと考えられます。

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