相続人に判断能力が十分でない方が含まれる場合の遺産分割協議

相続人に判断能力が十分でない方が含まれる場合の遺産分割協議

2021年1月5日

1.成年後見と遺産分割協議の関係

(1)成年後見制度を利用して遺産分割協議を進める

認知症や精神障害等により、法律上の判断能力が十分でない方については、その法的な意思決定を支援するために、成年後見人等を選任します。

遺産分割協議を行うにあたり、相続人の中に法律上の意思能力が十分でない方が含まれている場合には、その方の権利保護のため、成年後見人等を選任する必要があるのです。

(2)成年後見人が代理人として遺産分割協議に参加

認知症等の理由により判断能力が十分でない方が含まれる相続手続きのご相談において、ときどき「とりあえず遺産分割協議書にハンコ(実印)をもらって、印鑑証明書をつければ手続きができるのではないか?」という方がいらっしゃいます。

しかしながら、形式的に遺産分割協議書や印鑑証明書を整えても、そもそも遺産分割協議は法律上成立していませんから、「無効な遺産分割協議」ということになります。
事後的に、その方に意思能力が無かったことを理由として、遺産分割協議の無効が主張される可能性もあります。

そこで、認知症等の理由により判断能力が十分でない方の代理人として選任された成年後見人等は、ご本人を代理して遺産分割協議に参加します。
そうすることで、有効な遺産分割協議が可能となるのです。

なお、成年後見にはいくつかの類型がありますが、以下では、後見類型を前提として、単に「成年後見」「成年後見人」と表記します。

2.誰が成年後見人となるか(制度利用の注意点)

(1)遺産分割協議を行うにあたって成年後見制度を利用する場合

成年後見制度の利用にあたっては、仮に遺産分割協議を目的としての利用であったとしても、協議完了後も成年後見制度の利用を継続しなければならないという点には注意する必要があります。

成年後見制度は、遺産分割協議を行うためだけではなく、広く、意思能力が十分でない方を保護するために設けられた制度です。
いったん制度利用が開始されると、本人保護の必要性が無くなるまでは、成年後見人による財産管理等が継続されます。
そういった意味では、相続人となっている親族のほうが、適任であるケースが多いかと思います。

しかしながら、相続人となっている親族を後見人候補者とする場合には、成年後見人と本人との利益相反の問題が生じます。
そのため、後見人候補者ではない第三者後見人が選任されたり、あるいは複数後見人が選任されたりなど、関係者の思わぬ方向に進んでいくことが考えられます。

いずれにせよ、慎重に検討して進めるべき事案ですので、司法書士等の専門家に相談の上、申立てについて決定すべきでしょう。

(2)すでに成年後見制度を利用している場合

既に成年後見制度を利用しているケースでは、成年後見人が相続人となっているか(成年後見人と本人が共に相続人となっている状態、すなわち利益相反状態が生じているかどうか。)が重要となってきます。

成年後見人が相続人ではなく、本人との利益相反が生じていない場合には、原則通り成年後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加することになります。

成年後見人も本人も相続人となっている場合には、成年後見人と本人との間で利益相反となっていますので、成年後見人が本人を代理することはできません。
この場合には、特別代理人や成年後見監督人等を選任する手続きが必要になってきます。

いくつかの選択肢があるため、最終的には家庭裁判所と協議して方向性を決めることになりますが、いずれにせよ、後述の「本人の法定相続分」の問題をクリアする必要があります。

3.本人の法定相続分への配慮について

(1)「本人の保護=法定相続分相当の遺産を確保」

成年後見人は、本人を保護するために選任された人です。

ご本人が自らの意思で、法定相続分以下の遺産取得でOKとしたり、あるいは全く遺産を受け取らないとすることには何ら問題はありません。
しかしながら、成年後見人等は、そうした本人の意思を明確に確認できない状況で、本人を代理して判断する必要があります。

そうなると、保守的に、本人の「法定相続分相当の遺産については受け取る方向で判断するのが原則です。

(2)特別受益など具体的事情を反映させることが難しい

もちろん、特別受益や他の相続人の寄与分など相続手続き上の特別要素や、他の親族からの扶養など親族関係における特殊事情を考慮する余地はあります。
しかしながら、それらの特殊事情についても、第三者たる成年後見人が明確に認定できるものに限定せざるを得ないことがあります。

親族間における遺産分割協議では認められるような柔軟な対応は、成年後見人にとっては、なかなかに困難なのです(成年後見人としても、家庭裁判所にも適宜資料を提出しながら、家庭裁判所の了解を得て協議を進めるのが原則的な対応になります。裁判所に対して、分割方法について説明するだけではなく、各種遺産の評価も含め、本人が取得する遺産の価額の妥当性などを明確に示す必要があるのです。)。

したがって、成年後見人を含めた遺産分割協議のおいては、成年後見制度を利用している本人の相続分を考慮したうえで、分割内容を決定する必要が生じてきます。

こうした点は、遺産の分け方だけではなく、他の相続人の意向・動向にも影響してくるため注意が必要です。(「○○さんが遺産を受け取るのならば、私だって遺産を受け取っても良いのではないか。」といったこと。)

4.遺産分割協議成立後の手続き

(1)遺産分割協議の内容にそって承継手続きをおこなう

協議成立後の手続は、通常の遺産承継手続きと大きな違いはありません。

本人に代わって成年後見人が遺産分割協議に参加し、その合意が成立した場合には、遺産分割協議書に成年後見人が押印(実印にて)します。

法務局での不動産名義の変更、あるいは銀行等における遺産承継手続きにおいては、通常必要となる戸籍や印鑑証明書のほかに、成年後見に関する登記事項証明書と成年後見人の印鑑証明書が必要となってきます。

(2)全体像を把握して手続きを進めていく必要がある

ここまで、成年後見制度を活用して「相続人に判断能力が十分でない方が含まれる場合の遺産分割協議」を進める方法を確認してきました。

全体の流れを見てみると、「誰を成年後見人に選任するか」「法定相続分の考慮」など、通常の相続手続きとは大きく異なる点があることが確認できたと思います。

そうしたポイント・留意点もふまえた遺産分割協議の進行のためには、法律専門職のアドバイスが必要不可欠ではないかと感じます。
是非とも、司法書士をはじめとした専門家の知見をご活用ください。

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