遺産分割協議を進めるために成年後見人の選任を求められた場合

遺産分割協議を進めるために成年後見人の選任を求められた場合

2021年4月12日

1.遺産分割と成年後見

(1)相続人の中に法的な判断能力が不十分な方が含まれている場合

遺産分割協議は、法律によって定められた相続人全員が参加し、相続人全員が遺産の分割方法について合意することで成立するものです。
【参照記事:遺産分割協議について】

万が一、相続人の中に、認知症等が原因で法的な判断能力が不十分な方が含まれている場合には、遺産分割協議を成立させることができません。
「合意」の前提として、相続人全員に法的な判断能力が備わっていることが求められるためです。

そうしたケースにおいては、法的な判断能力が不十分な方をサポートする人(成年後見人等)を家庭裁判所に選任してもらい、選ばれたサポーターがご本人の代わりに遺産分割協議に参加することとなります。

(2)「成年後見人を含めた遺産分割協議」をケースごとに考える

【ケース1:遺産分割協議の成立を目的に成年後見人の選任を申立てるケース】

Aさんには兄Bさんがいる。Bさんには婚姻歴がなく、子供もいない。
数年前に認知症を発症し、現在は施設で生活している。

そのような状況の中で、母Cさんが亡くなった。遺産として自宅と預貯金がある。
相続人はAさんとBさんの二人だけであったが、遺産承継手続きを進めるにあたり成年後見人の選任が必要だと言われた。

【ケース2:成年後見人が選任されている状態で相続が開始したケース】
Aさんには兄Bさんがいる。Bさんには婚姻歴がなく、子供もいない。
数年前に認知症を発症し、現在は老人ホームで生活している。

Bさんが老人ホームに入所する際に、Bさんが住んでいた自宅を売却する必要があった。その際、近所の司法書士のサポートを受けながら後見人選任の手続きを進め、Aさんが成年後見人となっていた。

そのような状況の中で、母Cさんが亡くなった。遺産として自宅と預貯金がある。
相続人はAさんとBさんの二人だけであったが、遺産承継手続きを進めるにあたり「特別代理人」の選任が必要だと言われた。

社会の高齢化に伴い、相続人自身が高齢であるケースが増加しています。
また、子供のいない夫婦や生涯未婚で子供のない方も増加しています。

そのため、相続人の中に、認知症等が原因となって法的な判断能力が不足した状態にあり、遺産分割協議に参加できない事例が増加しているのです。

2.後見制度を利用した遺産分割特有の注意点

(1)法定相続分を意識した遺産分割が必要に

後見人が遺産分割協議に参加する場合には、ご本人の法定相続分の確保が原則となります。

【参照記事:法定相続分について】

通常の相続であれば、相続分を受け取るも受け取らないも本人の勝手ですが、後見人が選任されている場合には、本人の経済的な利益を確保することが求められるのです。
柔軟な遺産分割を行うことを阻害する要因となるため注意が必要です

ケースの事例では、相続人は子であるAさんとBさんの二人。
この場合の法定相続分は、それぞれ2分の1となります。

そのため、母Cさんの相続における遺産の取得分が、AさんとBさんで均等にする必要ということになります。
したがって、つぎのようなケースでは困ったことになります。

母Cさんの財産は、自宅(評価額2000万円)と預貯金(500万円)だった。
自宅については、長男Aさんも居住しているため、Aさんが単独で相続することを希望している。

ところが、そうなると、預貯金全てをBさんに相続させても、AさんとBさんの取り分は(2000万:500万)で均等にならない・・

こうした事例において、成年後見人も含めて遺産分割協議を実施する場合には、代償金の支払いなど、相続人間の公平を図るための対応が求められます。

(2)遺産承継の仕方

また「どのような財産を受け取るのか」という点についても、通常の遺産分割手続きとは異なる点があります。

後見人が遺産分割協議に参加する場合には、ご本人の経済的な利益を最大限確保することが優先されます。
上記ケースにおいても、Bさんはすでに老人ホームで生活しており、わざわざ管理コストのかかる不動産を取得する意味はありません。

そうなると、後見人としては不動産よりも現金や預貯金を取得することを希望するのが合理的でしょう。
後見人(あるいは特別代理人や後見監督人)は、法定相続分相当の預貯金の取得を主張するかもしれません。

遺産承継の方法については、ご本人の生活状況・財産状況、相続財産の内訳、後見人の裁量によるところも多いため、実際の事案ごとに判断が分かれるところではありますが、少なくとも後見人が関与しない相続事案と比べて、遺産分割の自由度は下がるという点は把握しておくべき点です。

(3)親族後見人と利益相反

すでに後見制度を利用しており、親族が後見人になっている事案においては「利益相反」に注意が必要です。

上記ケースでは、いずれにおいてもCさんの相続にあたってAさんBさんの双方が相続人となっています。
遺産の承継方法を決定するために、遺産分割協議が必要となりますが、仮に後見人であるAさんがBさんを代理できるとなると、客観的に見て公平性が担保されません。
結局のところ、Bさん一人で、遺産の分け方について決めていることになるからです。

既に後見人が選任されているケース2においては、特別代理人の選任を申立てたり、後見監督人が後見人にかわって遺産分割協議に参加する必要性があります。

こうした利益相反の問題は、遺産分割協議を目的として後見人の選任を求める事案(ケース1)においても発生します。
そのためケース1において、新たに後見人等の選任を求める場合には、選任方法が少し特殊になります。

選任時に利益相反が顕在化しているケース(上記のケースで、Cさんの相続発生後に、BさんがAさんの成年後見人となることを希望する場合など。)では、①候補者以外の者を後見人として課題解決後にバトンタッチするリレー方式、②候補者に加えて専門職後見人を選任する複数後見方式、③後見監督人を選任し遺産分割については監督人に対応してもらう監督人選任方式などが考えられます。
【参照記事:親族後見と選任パターンについて】

【参照記事:親族が後見人となることについて】

3.遺産分割後も後見制度の利用を継続!

(1)「遺産分割終了 = 後見制度も終了」ではない!

また遺産分割協議を目的として成年後見制度の利用を行う場合には、遺産分割協議完了後においても、後見制度の利用を終了させることができないという点に注意が必要です。

後見制度の利用を継続する以上は、つぎの点が課題となります。

  • (親族後見の場合)
    家庭裁判所への定期報告など、後見人としての義務を継続して果たすことができるか。
  • (第三者後見の場合)
    後見人報酬の負担にご本にが耐えられるかどうか。

そのため、安易に成年後見制度を利用することが無いよう、慎重な検討が必要となります。

(2)だれが後見人になるか

そのため、遺産分割協議が終了した後においても、後見人としての職務を適正におこなうことができる人を選任する必要があります。

親族が後見人候補者となる場合には、その方が後見人の職務内容や職責を正しく把握している必要があります。
継続して後見人として職務を行うことは、相応の負担となるからです。

【参照記事:後見人の職務について】

(3)専門職後見人の場合には報酬がかかる

親族ではなく、専門職等が後見人になる場合には、専門職後見人の報酬を考慮する必要があります。

後見報酬は本人財産のみから支払われるため、親族の負担が発生する心配はありません。
ただし、本人の財産的な負担になることは間違いがないので、その点は考慮すべきです。

【参照記事:専門職後見人の報酬について】

4.遺産分割協議を進めるために成年後見人の選任を求められた場合の対応方法

(1)成年後見制度の理解

まずは、成年後見制度について、しっかりと理解しましょう。

最低限、つぎの2点は知っておく必要があります。

  • 後見人に付与される権限は、遺産分割に関するものに限らない。
    (通帳管理など広く財産管理の権限を、後見人は持つことになる。)
  • 遺産分割が終わったからといって、後見制度の利用も終了となるわけではない。
    (制度利用の負担が、ご本人や親族に残る可能性も。)

(2)遺産承継手続きに関する理解

くわえて、後見人が関与する遺産承継手続きについて、つぎの点に留意が必要です。

  • 「法定相続分」が重視される。
  • 遺産の分け方についても、特別の配慮が必要となる。

(3)場合によっては法律専門家への相談を!

遺産分割協議を進めるために成年後見制度の利用を求められた場合には、まずは慎重に現状分析をする必要があると言えるでしょう。
安易に後見制度の利用をスタートさせることは、ご本人にとっても、まわりの親族にとってもデメリットになる可能性があります。

「現状分析」を実施する際には、つぎのような知識・経験をあわせもつ人の協力があれば、なお安心です。

  • 成年後見制度の理解
  • 遺産承継手続きの理解
  • 2つをミックスさせた実務経験(後見人として遺産分割協議に関与した経験)

後見人への就任経験がある司法書士や弁護士であれば、こうした理解・経験をもっているのが通常です。
手続きの進め方に迷った際には、是非、こうした法律専門職をご活用ください。

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