相続人に行方不明者が含まれる場合の遺産分割協議

相続人に行方不明者が含まれる場合の遺産分割協議

2021年1月6日

1.行方不明者と遺産分割協議の関係

遺産の分け方は、相続人全員で決定する必要があります。

戸籍調査により相続人の存在は判明したものの、その所在が不明で、協議を行うことができないという場合にも、その行方不明者を抜かして分割協議をすることはできません。

この場合の対応方法として、「失踪宣告」と「不在者財産管理制度」の利用が考えられます。

(1)「失踪宣告」制度の利用

失踪宣告とは、生死不明の人に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度です。

これにより不在者は「死亡した」こととなり相続資格を失います(ただし、不在者の親族関係によっては、その子が代襲相続人になったり、相続順位の変動により他の親族が相続人になるケースがあるため注意してください。)。

失踪宣告については、期間や要件をクリアすることの問題にくわえ、「死んだことにしてしまう」という、関係者にとっては非常に重たい心理的ハードルがあります。

そのため、利用件数はあまり多くないのが実情です。
制度利用にあたっては、家庭裁判所への申立てが必要となります。

(2)「不在者財産管理」制度の利用

不在者財産管理制度とは、不在者に代わって、その者の財産管理を行う人を裁判所に選任してもらう手続きです。
こちらは、失踪宣告と比較して、よく利用される手続きです。

選任された不在者財産管理人は、本人の権利保護を第一として、本人の財産を管理します。
とはいえ、この制度が利用されるのは、不在者の財産を処分したり、不在者を含めた遺産分割協議を行いたいというケースがほとんどです。
以下では、不在者財産管理制度について、ご紹介します。

2.不在者財産管理人の選任

(1)裁判所への申立て

不在者財産管理人の選任は、家庭裁判所がおこないます。
従って、相続人等の関係者は、戸籍などの必要書類を準備したうえで、家庭裁判所に選任申立てをしなければなりません。

申立てにあたっては、「不在者が不在であることの事実を証明する書類」などが必要となってきます。

なお、申立後には、家庭裁判所でも不在者の所在を調査することになっており、この調査の結果、不在者の現在の所在が発覚することもあります。
例えば、刑務所で服役中など。ちなみに刑務所で服役中の方でも、文通や面会により遺産分割協議を進めることができます。
印鑑証明書類似の制度もあるため、遺産承継手続きを完了させることは可能です。

(2)誰が不在者財産管理人となるのか

不在者財産管理人になるために法律上の資格が必要とされているわけではありませんが、実務上は、弁護士が選任されるのが一般的です。
なお、事案の内容にもよりますが、司法書士が不在者財産管理人に選任されることもあります。
当事務所も、不在者財産管理人への就任実績があります。

(3)予納金について

不在者財産管理人選任事案において、ハードルの1つとなるのが「予納金」です。

不在者の財産の内容から、不在者財産管理人が不在者の財産を管理するために必要な費用(不在者財産管理人に対する報酬を含む。)に不足が出る可能性がある場合には、申立人に相当額を予納金として納付することが、裁判所から求められます。

予納金の金額は事案により様々です。ゼロ円となる案件もありますが、平均的には数十万円、場合によっては100万円を超えることもあります(金額については、申立て前に、裁判所に確認するのが通例です。)。

(4)権限外許可について

不在者財産管理人は、本人の権利保護を第一として、本人の財産を管理します。

そのため、遺産分割協議や不在者所有の不動産の処分など、不在者にとって影響の大きな行為については、不在者財産管理人が家庭裁判所の許可を得て行う仕組みになっています。

そのため、不在者財産管理人が、遺産分割につき合意する場合には家庭裁判所の許可が必要となるのです。
不在者財産管理人が遺産分割協議を成立させたいというときには、分割案の内容が不在者にとって不利ではないことを、各種資料とともに家庭裁判所に対して説明し、家庭裁判所の許可を得ることとなるのです。

3.不在者の法定相続分への配慮

(1)不在者の法定相続分の確保

不在者財産管理人は「本人の権利保護」を主目的としています。
そのため、遺産分割にあたっては、不在者の法定相続分相当額の遺産の取得を主張するのが、不在者財産管理人の基本的な立場となります。

【参照記事:法定相続分について】

したがって、不在者財産管理人の参加する遺産分割協議においては、不在者の法定相続分を確保したうえで、遺産の分け方を決定することが原則です(そうしなければ、不在者財産管理人が分割方法に合意しない。)。

行方不明になる前の親族関係を考慮すれば、不在者としても遺産の取得を主張しなかったであろう事案においても、たとえば「疎遠であった」などという理由だけでは、不在者の取得分を法定相続分以下にすることは困難でしょう。

仮に法定相続分を下回るような内容で遺産分割協議を希望したとしても、その理由づけに合理性がなければ、不在者財産管理人は、家庭裁判所の許可を得ることができず、遺産分割協議を成立させることはできません

(2)代償分割や帰来時弁済型による遺産分割の可否

原則として、不在者の法定相続分は確保される必要がありますが、遺産の取得の方法として、代償分割や帰来時弁済という方法が選択されます。

「代償分割」とは、遺産そのものを取得するのではなく、遺産を取得した他の相続人から一定の金銭を支払ってもらうという方法です。

特に、主たる遺産が不動産である場合には、法定相続分に応じて不動産を共有しても、その後の利活用には不便であるため、他の相続人が不動産を取得し、その代償として不在者に対して金銭(法定相続分相当額)を支払うという方法が選択されます。

「帰来時弁済」とは、代償分割の派生形のようなもので、不在者以外の他の相続人が遺産を承継したうえで、「不在者が帰来した場合には、一定額を、遺産を取得した相続人が不在者に対して支払う。」とするものです。

不在者にとっては、将来において相続人から支払いを受けられないリスクを負うことになるため、帰来時弁済型の遺産分割は、いくつかの条件を満たす場合に限り、裁判所から許可がおりるものと考えられています。
不在者に対する支払額が大きくなれば当然難しくなってきます。
その他にも裁判例によって、いくつかの基準が示されています。

4.遺産分割協議成立後の手続き

協議成立後の手続は、通常の遺産承継手続きと相違があります。

本人に代わって不在者財産管理人が遺産分割協議に参加し、その合意が成立した場合には、遺産分割協議書に不在者財産管理人が押印(実印にて)します。

法務局での不動産名義の変更、あるいは銀行等における遺産承継手続きにおいては、通常必要となる戸籍や印鑑証明書のほかに、(1)不在者財産管理人の選任審判書と(2)不在者財産管理人の印鑑証明書、(3)不在者財産管理人が権限外行為を行うにあたっての裁判所の許可審判書、が必要となってきます。

5.遺産分割完了後の不在者財産管理人の役割

当初目的としていた遺産分割の完了後も、管理すべき財産が残っている限りは、不在者財産管理人は不在者の財産の管理を継続します。

管理すべき財産がゼロになったとき(あるいは、不在者の死亡が確定したり、不在者が帰来したとき。)に、不在者財産管理は終了します。

不在者財産管理人は、家庭裁判所に報酬請求ができるので、報酬請求(なお報酬の原資は、当初の予納金か管理財産のいずれかです。)の結果として管理財産がゼロになり、管理業務が終了するということもあります。

6.生前対策の重要性 ~遺言の作成など~

以上のとおり、相続人の中に不在者がいたとしても、上記のような不在者財産管理制度を利用して遺産分割協議を成立させることは可能です。

しかしながら、申立てに要する費用や、手続きにかかる期間など、手続き負担の軽い制度ではありません(この点については、所在不明土地との関係で、法律改正が検討されているところです。令和3年1月現在。)。

したがって、推定相続人の中に不在者がいる場合には、生前に対策することが非常に有効です。
対策の典型例として挙げられるのが「遺言の作成」で、これにより遺産分割協議を不要とし、速やかな遺産承継を可能にさせます。

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